名前: 倉敷民藝館
読み: くらしきみんげいかん
白壁と黒の張り瓦が美しいコントラストの倉敷民藝館は江戸時代後期に建てられた米倉を活用して、昭和23年(1948)11月に「倉敷民藝館」として開館しました。

この民藝館は、柳宗悦(やなぎむねよし)、浜田庄司、河井寛次郎らが、大原孫三郎をはじめ多くの協力者の援助により、昭和11年(1936)10月に開館した東京駒場の「日本民藝館」に次いで、わが国2番目の民藝館です。

倉敷川沿いの美観地区が伝統的建造物群保存地区に指定される以前は、街並みを保存するという意識が現在ほど一般的でありませんでした。そのような時期から古民家を再生して公開した最初の事例が、この倉敷民藝館です。

民藝とは「民衆的工芸」あるいは「民間の工芸」という意味で、大正14年(1929)柳宗悦らによって創られた造語です。
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